前へ | 総社神社 そうしゃじんじゃ |
聖武天皇の御宇神亀元年(724年)の創建と伝う。
後、奥州押領使、藤原清衡侯再興する。 秋田の府久保田郷中央に大嶽山、小嶽山、光明山の三頂があった処から三森山または三嶽山と称した。 現在の千秋公園である。第一峯に大己貴神、事代主神、味鉏高彦根神が御鎮座、総社大明神と称する。 第二峯に天照皇大神、豊受大神が御鎮座、神明宮である。 第三峯には別宮攝末社があり、八幡大神、乙宮大神、祇園神、稲荷大明神、鹿島大明神、高市大明神、賀茂上下神、比咩語曽神、諏訪上下大明神、葛城神、大和大明神、大歳神、松尾大明神、竃神社、御食津神、祓所神、風神、白山神、水神等19社が鎮座していた。 明治45年合祀。三森山神社から総社神社へ改称する。 征夷大将軍源頼朝が東征の後上洛のとき畠山庄次郎重忠に命じ当山を治め神領地として定められた。 慶長7年(1602年)常陸の佐竹氏が秋田転封になり、その居城を久保田の三森山と定めたことにより、山頂の神明宮、総社宮攝末社を楢山村下浜に遷座した。 佐竹氏累代その尊崇極めて篤く祭典、造営に多大の寄進を賜った。 その後元禄7年(1659年)川尻上野の地に社地を得、宝永4年(1707年)社殿を造営遷座した。 川尻、川口、楢山地区の鎮守として尊崇をうけたが、昭和6年の大火で社殿焼失、同年仮社殿を建てたが、大東亜戦争が起り本社の完成を見ずに現在に至っている。 平成19年上野遷座三百年記念を迎えた。 |
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