前へ | 森吉神社 もりよしじんじゃ |
創立年月日不詳なれど、伝え聞くところによると、大同年間田村将軍の開基という。
蝦夷征伐の砌り、奥州へ下向ありし時に出羽国秋田へ来たり、時に森吉山は霊山なりしも、大滝丸という鬼神が三陵山(みつおかやま)の内岩穴に居住し、参詣人を妨げこれが為参詣人久しく絶え、これを聞いた田村将軍高清水という所に17日参籠し、時に不思議なるや著しく霊夢あり、告げて曰く、「翌日南の方より白矢一本飛び来るべし、必ず其の時勝利を得る」と。忽ち夢覚め心中に祈念し、案の如く南方より一本の白矢飛び来り、その時士卒引きいて押し寄せ速やかに大滝丸を退治す。爾来穏やかに遠近の参詣人今に至って絶ゆることなし・・・云々と田村将軍創立の由緒を伝えている。 明治45年3月11日秋田県知事の許可を受け森吉山前嶽の本社を奥宮、阿仁前田八幡森旧八幡神社跡を里宮として森吉神社と称する。 当社里宮の地は平安時代後期頃より、阿仁一円にその勢力を張った鳥海某なるものの居館跡であった由緒ある地である。 奥宮の嶽参り(旧暦4月8日、6月15日)は多くの参詣人で賑い、身のけがれ、魔除けの効きめとして「モロビ」採りが行われ、神前に捧げ家内安全無病息災の祈願が行われている。 |
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