秋田県護國神社 あきたけんごこくじんじゃ |
明治元年10月、秋田藩主佐竹義堯侯によって高清水丘に工事が起こされ、この時太政官より金壱千両が下付され、明治2年8月28日に創建成り招魂社と称し、戊辰戦役の「みたま」を祀ったことに始まる。
この社殿は明治26年12月夜看守の失火により焼失し、同28年2月社殿再築費補助として政府より金五百円が下付され、県内の有志相議って寄付を募り、明治32年社殿を秋田市佐竹城跡(現在の千秋公園本丸)に建築し官祭秋田招魂社と称した。 昭和14年3月秋田県護國神社と改称され、旧社地(現在地)高清水丘に本殿流造の荘厳な社殿の造営が成り、同15年11月15日盛大な遷座祭が行われた。 戦後昭和22年10月配祀神として伊邪那岐命、伊邪那美命を鎮祀し、社名を高清水宮と改称したが、昭和27年旧に復し秋田県護國神社と改称した。 昭和43年には、御鎮座百年記念奉祝大祭を斎行。 平成2年には御遷座五十年記念事業を実施し、奉祝大祭を斎行する予定であったが、7月9日未明心無き者の爆破を受け全焼した。 平成3年5月21日地鎮祭を執り行い、平成4年9月竣工し、10月1日本殿正遷座祭斎行、10月14・15日竣工記念奉祝大祭を斎行し、協賛者の参列を迎えて、第6日祭まで滞り無く御奉仕を終えた。 昭和44年8月26日、昭和天皇、皇太后陛下、同45年10月26日今上天皇皇后両陛下の御親拝があり、常陸宮様始め各宮様方の御参拝があり、夫々幣帛料を賜った。 |
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