前へ | 彌高神社 いやたかじんじゃ |
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明治14年秋田市八橋に平田篤胤大人命を祀る平田神社が創建され、その後秋田県教育会が崇敬母体となり明治42年に秋田市中通4丁目に奉遷し、この時佐藤信淵大人命を合祀、社名を彌高神社と改称する。
大正5年現在地に遷座、同8年には県社に列格される。 平田篤胤大人は安永5年8月24日佐竹氏の久保田城下(秋田市中通)に生れる。 20歳で志を立てて江戸へ出、苦学力行、備中松山藩平田家の養嗣子となる。 その後、本居宣長の著書を見て慨然皇道学を講じ、精勤刻苦和漢洋の書籍を読破し、その著述は呵妄書、古史成分、霊能真柱、玉襷、天朝無究暦など百部数千余巻にのぼる。 天保12年帰藩、天保14年閏9月11日68歳にて歿す。 佐藤信淵大人は明治6年6月15日出羽国雄勝郡に生まれる。 家は代々医をもって業とし好学の家柄であった。 16歳の時父が客死、遺訓に従い江戸へ出て蘭学、経済学、天文、地理、動植物、暦測量等を学び、父祖4代の学問を継承し家学を大成した。 諸国を遊歴、諸侯の求めに応じ世の為人の為にこれを実施し、著書に著す。 農政本論、経済要録、鎔造化育論、宇内混同秘策、山相秘録など著述300種8000巻といわれる。 嘉永3年正月6日82歳にて江戸に歿す。 |
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