別当数代の後天文年中連正院義伯の代火災にかかり、古書類悉く焼失する。
爾来権大僧都教応院宥快の代天保13年中に白川神祇伯より熊野神社に玉串拝受す。
別当代々権大僧都に任じられていたが御維新に付、復飾し、石田常盤と名称し現今に至るも連綿当社の社掌となっている。 建物 神殿8尺四面 3坪5合5勺文化5年7月再建 拝殿3間四面改 18坪3合3勺文化5年7月再建 境内 宮有地104坪6合平地 宝物 神仏分明ならず木像一体存在あるは、 慈覚大師の製作なりと口碑に伝う。
秋田県知事平山靖彦殿 明治28年5月30日 社掌 石田常盤 明治28年9月17日金崎武司巡廻之上村社熊野神社等並に王野田神明社共検査済に候 (神社古文書写す)