金浦山神社 このうらやまじんじゃ |
建立不詳といえども木ノ浦中山村長倉森に鎮座し中山観音と称す。
長倉森は中山村の持分であって永禄3年3月三崎山より野火起り、未申の大風昼夜3日吹き焼けている。 この時吹き返しの大風強く、社殿焼失し御影大沼に沈み、その後御影盗難に合い、弘化4年8月23日男鹿畑村の法山より、爾天井、天民師の厚志により、氏子半助の手続きで帰山する。 文化3年六郷兵庫守社殿を再建し今日に至る。 明治43年12月13日字金浦村社神明社合併、明治44年5月18日字下林菅原神社合併、明治45年3月14日字飛ヶ崎塩竃神社合併、同年字赤石砂田羽宇志別神社合併、明治40年1月10日神饌幣帛料供進神社に指定される。 大正3年10月7日社殿改築許可。 昭和21年4月菅原神社塩竃神社羽宇志別神社各社分社。 昭和23年日吉神社分社。 昭和21年8月金浦山神社百年祭執行。 |
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