前へ | 三輪神社 みわじんじゃ |
重文指定書によれば、三輪神社は養老年間の草祠と伝え、また今の本殿は藤原秀衛の建立というが、いずれも確証がない。
今の本殿を見るに、特に太い柱と大面をとった角柱、向拝斗棋の制など、室町時代も古い頃に属するようである。 その後向拝の一部軒廻りなどに修理を加え今日に至っていると思われる。 なお、この本殿は、古くは明神堂と呼ばれたようである。 明治5年郷社に列す。 重文指定後、昭和35年から36年にかけて解体修理が行なわれ今日に至っている。 |
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