前へ | 松峯神社 まつみねじんじゃ 通称:お不動さま |
嵯峨天皇御宇弘仁八年弘法大師開基、金銅を以って阿弥陀大自在観音を作り、白銀を以って鏡となし大円光と名付収む、弘仁13年左大臣誠公社殿造営、天安元年3月、地震の為全て埋没す。
寛平3年宇多天皇出羽郡司良實の子小野四品良房を勅使として御製の勅額を賜る。 「いやましの光りも時に埋もるる あらはれ照せ松峯の月」同年菅原道真公、月山大権現と書したる真筆の額を奉納せられ、寛平7年良房を奉行として社殿造営以後、数百年間の経歴判明せず。 応永10年領主浅利氏社殿造営以後、同家の崇敬するところであった。 慶安元年佐竹氏、不動仏信仰以来終に本社仏堂の姿に変わる。 寛政年間別当伝寿院土中より駅路の鈴一個発見、享和元年藩主佐竹義和領内巡覧の際命により之を献ずる。 寛平年間勅使下向の際携帯していた鈴である。 明治3年不動仏を廃し旧に復し月夜見命を祀る。 同時に佐竹家管内崇敬27社の一に列せられ、社禄15石を寄付せられ廃藩の際社禄を廃す。 例祭には旧藩庁より幣物を贈られる。 明治6年村社に列せらる。 本字往古田中村と称したが、本社の霊徳を仰ぎ鎮座の山名則ち松峯を以って村名とする。 駅路の鈴は現在、東京国立博物館蔵。 |
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