前へ | 白山神社 はくさんじんじゃ |
創始不詳なるが、開村の人々は加賀方面より移り住んだもので、生国地の白山神社を遙拝するため、鎮守として祀ったものである。
荒神の故、神前を乗馬で通ると忽ち振り落とされるという。 文政6年、浮浪者の失火により社殿悉く焼失するも、翌年再建され、赤田の長谷老人の刻する御神体を祀ると伝えられる。 文政10年、亀田岩城候より国界標目神社とされ、御紋付の灯篭をお下げ渡しいただく。 明治13年、神殿拝殿兼用の2間5尺四面に再建す。 同年「幸丸」という難破船を救った謝礼をもって石段を築く。 明治14年村社に列せられる。 同39年1町余の上地官林の境内編入許可となる。 同43年、長浜深山沢の村社神明社を合祀する。 大正4年、御即位御大典記念として、明治天皇遙拝碑を建設する。 |
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