前へ | 西長野神社 にしながのじんじゃ |
社記は、文政7年と記された頃からの祭典時の経緯、宿、経費等を記録したものが残されているも、詳しいことは定かでない。
社記によれば、安政4年正月16日中泊分・古寺分当村御祭礼、明治16年旧正月16日、神明社、熊野神社、白山神社、稲荷社、大山神社、雷神社生社祭礼諸入費諸払控帳あり。 菅江真澄の記によれば、もと神明社、明治43年地域の16社を合併し字名「西長野」をとって西長野神社と改める。 村社。 祭神は天照皇大神、手力男命他十一神とある。 また、安政2年11月6日創立ともあるが、これは社殿の改築を意味するものと解する。 昭和3年旧4月8日、181名の西長野氏子による改築費の寄付による社殿の全面改築をしており、後、逐次修復され、昭和10年からは中泊の氏子によって管理され、現在に至る。 |
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